2017
21
Nov

雑記

本田みくが本田みくになった瞬間

2代目HAPPY少女 - みっちょ

[ここに綴るのは単なる独り言です]

 

最初にその姿を見たのは、2016年4月、ライブプロのさくらティーチャーの生誕ライブが行われた札幌DUCEにて。
当人は山田京佳ちゃんと共に数日前にすでにお披露目されてて、ハピ女に可愛い子が入ったともっぱら評判にはなっていたけれども、正直なところ、それほど興味はありませんでした。

仕事柄なかなかライブを見に行くこともままならない自分ですが、その日は珍しく仕事が早く終わって、トリのフルーティー〜物販交流の時間だけ見ることができました。
まだ熱烈なヲタが付いているわけでもなく、交流列も途切れ途切れで手持ち無沙汰にしていた彼女。
何となくそんな寂しげな表情が印象的ではありました。
この時点では全く面識はありません。

その後、Twitterで数度のクソリプを飛ばしつつ、初見で二言三言お話したのは、琴似のアミカで行われた苗の木ライブだったと思います。

さて、この本田みくちゃん、初めて話した時から現在にかけても基本的に変わらないところがあります。
天然なのか計算高いのかわかりませんが、自分の中でビシッ!と回路が繋がった瞬間から途端に口数が多くなる。

笑いに対するツボもやや玄人好みのところがありますよね(^^;)
80年代楽曲が好きだったり、同年代の女の子に比べ、嗜好も非常に変わってます。

好きなことを話してる時のみくちゃんはすごく楽しそうですよね。
前述した「回路が繋がった瞬間」っていうのはそういうことなんです。

直感と嗜好が何かのキーワードで繋がった瞬間、ものすごい勢いで興味のスイッチが入る。
そんなみくちゃんを見てるのが好きでした(^^)

ただ、その笑顔の裏で悩みも多くあったんじゃないのかな?

多くのオーディションを受けたという話も聞いていたし、その都度何かしらの障害と叶えられないことに対するジレンマはあったはず。
そんな中でたどり着いた、2代目HAPPY少女♪というグループでどういう未来を夢見ていたんだろう。
歌って、踊ってってグループでの活動から、単独でミスiDでの賞受賞、グラビアDVDの発売。
当時は学業も並行していましたけども、周りはとっくに就職を決めていた中で、自らの夢を追いかけるということ。

もちろん、決して楽な道のりではないし、多くのアイドルさんがそうであるように「今しかできないことを」というポリシーのもと、本人も重々承知してのことでしょう。

みくちゃんはある部分で線引きがはっきりしてます。
ただ、それが身の丈にあったものかどうかはわからない。
ときどき、そのバランスが崩れて苦悩していると感じるときがあるんですね。

アイドルという職業は良くも悪くも人々の好奇の目に晒される職業。
自分が描く自分、プロデュースする方が描く自分、メディア関係者が描く自分、ファンが描く自分、もっと外の世間が描く自分。
ギャップが生じるのは至極当然のことだと思いますが、それを本人が理解しているのとそうでないのではやはり心の置き所は違うと思うんです。

私から見た今のみくちゃんはまだ「理解しようとしている」という段階だと思うわけで。

選択権はみくちゃん自身にある。が、与えられた選択肢の中に自分が主体になっているものがあるのかどうなのか。
ただ大きな力に振り回されてるだけではないのか?
それが何かを得るチャンスなのか?
何かを捨てなくてはいけないとして、それが本当に納得できることなのか?

みくちゃんには頑張って欲しい。
でも、まっすぐに頑張って!とはなかなか言えないのです。
強いて言えば「自分の道を見失わずに歩いてね」ってことが先に来る。

月並みな物言いですが、いずれメジャーの世界に打って出る逸材だと思ってます。
タイミングや運も大いに関係する世界ですが、そういったものを引き寄せる何かは確実に持っている子だと思います。

その上で、自分の主観として見た本田みくというアイドルの存在。

所属するライブプロは撮影会なども盛んな事務所ではあるので、モデルとして鍛えられる場ではあるわけです。みくちゃん自身もいろんなカメラマンと相対してたくさんの実のある経験を積んだことと思います。
私自身、別の推しの子の存在によって、写真という一生付き合えそうな趣味を得ることができましたが、その興味を助長させ、成長させてくれたのは間違いなく本田みくというモデル。
ひとつ、カメラマン(あえてカメコという言葉は使いません)として、自分の中で一線を振り切ることができた存在です。
この歳になって、全くやったことない趣味を特技に昇華できそうなレベルで追求したのは、自分自身で驚いています。
そういう意味では、明らかに世界が変わりました。
世界を変えた存在。
ただただ夢中でした。

写真を通じて、本気で意見をぶつけ合える仲間を得ることもできました。

いつかは通り過ぎるだけの存在かもしれない。
だけども、今、同じ時代、同じ時間をモデルとカメラマンとして相対できていることはおそらく自分自身の一生の宝物になる。
みくちゃんはどうかな?(笑)

たぶん、何も考えずにまっすぐ「好きだ〜!!」というのがいちばん気持ちいいですし、ヲタクとしての模範解答でしょう。

でも、おいらはちょっと形が変わったかな。

余談ですが、人間は唯一虚構の世界を作れる生き物だそうです。
「国家」「貨幣」「言葉」。
それは実在するものではなくて、意図的に作られた世界で「信じる」という概念によって成り立っているもの。

そういう形で過ごした時間、交わした会話、関係性というのもそうだと思うのです。

今年の1月、雪原撮影をした直後、自分のせいではあるんだけども、プライベートで上手くいかないことがあって、写真撮るのを辞めようと思ったこともありました。一度機材を全て手放した。
が、一度掴みかけたものを諦めきれなかった。そのときまではただ夢中なだけで、自分の中で何が大事なのかわからなかったんじゃないかと思ってる。仕事、家族、友人、趣味全てが大事。欲張りなことは自分自身よくわかっている。

でも、そこで良くなかったのは、欲張りなことではなくて、「意志」がなかったこと。
自分がやりたいこと、やってあげたいことを全てやってのけるだけの覚悟が足りなかったのだと思ったわけです。

実際、そんな大層な話ではないのだけどね。意志が薄弱なせいで周りのいろんな人に迷惑をかけたのは事実。
たぶん、孤独が怖かった、そして自分自身を信じられていなかったのだと思う。

以前、推しとは「未来を見たい相手」だと書いたことがあります。
それに付け加えさせてください。「信じる」相手だということ。「自分を信じられる」相手だということ。
信じることにこそ価値は存在するということ。

最後に。表題にした、自分の中で本田みくが今の本田みくになった瞬間。
それはすごーく些細なことなんですが、ここでは書けない話なので今度直接←

もったいぶるなwwwww

でもね、他人にはどうでもいい話だけども、「ひでたんをひでたんだと認識した瞬間」の話、本当に嬉しかったんだよ(^^)
そこだけは本当にありがとうね。

そして、本田みくちゃん、あなたは一人じゃない。
たくさんのファンがついている。
自分をしっかり信じてね。

[乱文失礼いたしました。独り言だけど。]

 

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。