2018
1
Apr

雑記

春。停止。

アイドルヲタクをやめました。
アイドルカメコをやめました。
その起点になっているTwitterをやめました。 ←ちゃっかり復活してます

「写真を撮りたい」という気持ち、それを牽引してくれたモデルさんたち。
昨年まで、彼女たちのおかげで何だかんだ保ち続けたモチベーションでしたが、今年に入り、思うような写真も撮れず、ここ数日でプッツリ途切れてしまった。
機材とか技術的なことではなくて、気持ちの問題。
撮影はもとより、ライブを見ても、交流に行っても、カフェに顔を出しても、楽しくはなかった。
同時に仕事で思い悩むこともあった。気分転換に出向いた現場で更に意気消沈する悪循環に陥っていたことに自分自身が数か月間気づいていなかった。

が、それは誰のせいでもなく、自分自身が楽しむことをやめてしまったのだなと。
「アイドルは自身の夢の代替物」と捉えて、夢中で追い続けてはみたけれど、こんな精神状態で応援もへったくれもないなと、全てを投げ捨てた。

それによって何が変わるということはない。
数多いるファンのうちの一人がいなくなったところで、何も変わることはないのはよくわかっている。
自分自身が変わるということもない。

アイドルカメコとか、世間的には大きな声で言えるような趣味ではないし、理解を求めるものでもないだろう。
が、今しかない一瞬を撮り納めるという行為に高尚だとか俗だとかいうのは野暮だと思う。
価値は欲して見る人が決めること。
その考えは今も変わらない。
被写体がアイドルであろうとも、ファッションモデルであろうとも、ミュージシャンや職人、一般人であろうとも、その人の人生の一部を切り取っているのには変わらないのだから。
大義には動物や風景を撮っても同じことか。

他に何か楽しむことはあったか?と自問自答したけれども、そのときそのときで本気で取り組んだものを少なくない犠牲を払い、都度投げ捨てて進んできたことを思えば、後戻りもできない。

残ったのは空っぽな自分だけ。
いつもなら、「なーにしょぼくれてんだよ!」って尻を叩く方なのに、いざ、よく考えてみると、脆く何もない自分が情けなくなった。

たかが遊び、されど…
「本気で遊ぶ」ことをポリシーとし、本気で遊べる仲間や環境を求めた結果がコレだ。
気持ちで技術を引っ張り上げた自分を褒めてあげたいところだが、今はその気持ちに追い付かない自分に苦笑するしかない。

やりたいことができないって辛い…な。うん、何が辛いのかはぼんやりとしかわからないけれども、辛いのは間違いない。

他人の評価などどうでもいいから、夢中になれる何かを見つけたかった。
しかし、他人を巻き込む発信には多かれ少なかれ相応の責任が伴う。
モデルとの関係性、見る人との関係性。
何だかんだ他人の評価を気にしていたのは自分だったのかもしれない。

タイミングというものもあるだろう。
今、こういう状態に陥っているのも、ひとつひとつは些細な、取るに足らないことである。
積もり積もって…というやつだ。
間違った方向に積み重ねれば、砂の城のごとく、簡単に崩れ去る。

逆に言えば、小さなことを蔑ろにせず、またひとつひとつ積み重ねるしかないんだなと。
今度は間違えないように。

同時に肩の力を抜けということなのかもしれない。

存在肯定は思い上がりでしかないし、誰かに影響を与えるような存在でもないけれども、表現者でありたかった者としてのエゴで、ブログと写真アカウントは残しておきます。私自身の思い出でもあるので。

少なくとも私の撮った写真が好きだと言ってくれた数少ない人たち。
いつまでも撮り続けたいと願いながら、撮れなくなったことは謝ります。ごめんなさい。

残りの人生、折り返しも過ぎ、残された時間はそれほど多くはないけど、焦らずにやっていこうと思う。
そんな器用な人間ではないけれど。

懇意にしてくださり、お世話になった皆さま、ありがとうございました。
こんな締めくくりで寂しいやら、情けないやらですが、こんなアホがいたことをどうか笑ってやってください。

 

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